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スタートアップ初期から大規模運用に至るまで、事業成長に合わせたインフラ戦略を解説し、無駄な投資や機会損失を防ぎます。
配信インフラが肥大化する中で、どこで機能を分割し、どうマイクロサービス化を進めればよいか、具体的手段とメリットを紹介します。
大規模・グローバル展開を視野に入れたリージョン分散やマルチCDN、さらに専門システム導入のタイミングとROI(投資対効果)の考え方を提示します。
監修者:竹内 望
大学・大学院でAIによる画像処理の研究やレーザー機器制御による物理メモリの研究を行った後、外資系大手ITコンサルティング会社に入社。現在はAIエンジニアとして、業界を問わず業務効率化のためのRPAシステムやAIによる業務代替システムの開発と導入を行っています。
近年、ライブ配信市場は急速に拡大しています。総務省が公表している調査レポートや、国内外の市場動向をまとめた民間調査企業(例:ICT総研、富士キメラ総研など)の報告によれば、動画配信やライブストリーミングを取り巻く関連ビジネス規模は今後も年率数%以上のペースで成長すると予測されています。なかでもライブ配信は、「リアルタイム性」と「視聴者とのインタラクション」による高いエンゲージメントが注目され、エンタメ系から教育・ビジネス用途まで用途が多様化しています。
このようにビジネスチャンスが大きい一方、「初期段階でどの程度インフラに投資すべきか」「ピーク時でも耐えられる仕組みをどう構築するか」といった悩みを抱える経営者や技術責任者も多いのではないでしょうか。サービスローンチ期に大規模インフラを準備しすぎると無駄が多く、逆に需要に追いつかず機会損失やシステム障害が起きればブランドイメージ低下も避けられません。
本記事では、スタートアップから大企業まで幅広い事業フェーズに応じて、最適なサーバー戦略・インフラ構成をどのように進化させるべきかを解説します。特に、ビジネス成長と技術的アプローチをどう結びつけるか、その要点を順を追って見ていきましょう。
サービス開始直後やユーザー数が少ない段階では、あれこれ複雑に構成を組むよりも、まず「動くものを素早くリリース」し、ビジネスとしての検証を優先します。たとえばAWSのAmazon IVSやMicrosoft Azure Media Servicesといったクラウドのライブ配信プラットフォームを使えば、インフラ構築がほとんど不要です。
このようなマネージドサービスを活用すると、サーバーのセットアップやネットワーク管理に割く工数を大幅に減らせます。初期投資のリスクが少なく、ユーザーの反応を見ながら使った分だけ課金される料金体系で運用できるのも利点です。結果として、事業検証(PoC)を短期間で行い、「このライブ配信ビジネスに十分な市場があるのか?」を確認しやすくなります。
初期段階で予測がつきにくいのは、同時視聴者数や配信頻度です。いきなり高額な専用サーバーを揃えず、まずは垂直方向へのスケールアップ(スケールアップ)で対応できるようにしておきましょう。クラウドサービスであれば、インスタンスタイプをクリックひとつで変更できるところも多く、負荷が50%を超えてきたらCPUコア数を2倍にするなど段階的にリソースを増強すれば十分です。
加えて、負荷が高まった時に備えた簡単なオートスケーリング設定を試験的に組んでおくと、思わぬトラフィック増にも柔軟に対処できます。
仮にユーザーが100人しかいなくても、その100人が同時に視聴し始めれば配信サーバーの負荷は一気に高まります。CDN(Content Delivery Network)を導入することで、エッジサーバーが視聴者への配信を肩代わりしてくれるため、オリジンサーバーの負荷を抑えられます。クラウド事業者が提供するCDN(Amazon CloudFront、Azure CDN、Google Cloud CDNなど)はもちろん、国内のCDNベンダー(Akamai、Fastlyなど)も選択肢に入ります。
実際に、CDN経由の転送料金の方が、クラウド直配信よりも安く済むケースも多々あると報告されており(例:AkamaiやFastly公式事例)、特にライブイベントで突発的に大量アクセスが発生する際のコスト圧縮効果は大きいです。
この段階からサーバーログの収集や視聴体験のモニタリングをしっかり行っておくことが重要です。たとえば、DatadogやNew RelicなどのAPMツール、あるいはAWSならCloudWatch、AzureならMonitorを使ってCPU使用率やメモリ使用量、ネットワーク帯域を可視化すると、後々のスケールアップやスケールアウトの指針になります。
また、テスト的に負荷ツール(Apache JMeterやLocustなど)を使って想定同時視聴100人・200人の状況でどれくらいリソースを消費するか計測しておくと、今後ユーザー数が増加した際のボトルネック予測に役立ちます。
ユーザー数が増加してくると、配信エンコード、パッケージング、オリジンサーバー、バックエンドAPIサーバーなどの役割をすべて1台に詰め込むのは難しくなります。最初は「とりあえず1台で回す」で大丈夫だったものが、エンコード負荷やネットワーク負荷が高まり、配信トラブルを招く恐れが出てくるのです。そこで、機能を分割し、必要に応じて冗長化を進めていきます。
例えば、映像配信のインジェストサーバー(視聴者がアップロードする映像を受け取る役割)を2台に増やしてロードバランサ配下に置く、あるいはオリジンサーバーを専用に切り出して複数台で冗長化するといったアプローチが典型例です。特にトランスコード(エンコード変換)はCPUリソースを大きく使うため、専用のトランスコードサーバーを複数台用意することで安定性とパフォーマンスを向上させられます。
クラウド環境(AWS、Azure、GCPなど)では、トラフィック量やCPU使用率、あるいはキューの長さなどをトリガーにして自動的にサーバーを増減させるオートスケーリング機能が用意されています。視聴者が多い時間帯や特定イベントの開催時にはサーバー台数を増やし、深夜などアクセスが少ない時間帯には台数を減らしてコストを抑えることができます。
ビジネス側から見れば「必要な時だけ大きくして、不要な時は最小構成」という柔軟運用はコスト効率の要です。実際に国内外の大規模プラットフォームでもオートスケーリングは採用例が多く、AWS公式の導入事例としてテレビ局の同時配信プラットフォームなどが挙げられています。
ライブ配信は映像部分が目立ちますが、チャットやコメント投稿、ギフト(投げ銭)など、ユーザーとのリアルタイムなインタラクションが伴うため、データベースやAPIサーバーにも相応の負荷がかかります。視聴者が増えればデータベースの書き込み・読み込み量が急激に増えるので、早めにボトルネック対策を講じる必要があります。
これらの施策は、フェーズ2でのサービス成長をスムーズに支えるインフラ基盤となります。加えて、キャッシュサーバー(RedisやMemcached)の導入によるWebページやAPIレスポンスの高速化も有効です。
サービスが順調に拡大するにつれ、開発チームの人数も増えてきます。すると、一体型モノリシックアプリケーションでの開発・デプロイが難しくなる場面が増えるため、機能を小さな単位に切り出す「マイクロサービス化」が選択肢として浮上します。
分割されたマイクロサービスごとに最適なリソースを割り当てることで、CPU負荷の高い映像処理にはCPU最適化型インスタンス、メモリを多用する分析システムにはメモリ最適化型インスタンス、といった形で費用対効果を高められます。また、障害が起きた際に他のサービスへ波及しにくくなる利点もあります。
ユーザー規模が拡大し、海外にも視聴者を抱えるようになると、単一のデータセンターや単一クラウドリージョンでは地理的な遅延が無視できなくなります。たとえばヨーロッパや北米のユーザーが日本のリージョンだけにアクセスする場合、映像の遅延やクオリティの低下が起きやすいのです。
そこで、マルチリージョン+マルチCDN構成が一般的になります。北米向けには米国リージョンのCDNやオリジンサーバーを、欧州向けには欧州リージョンを割り当てる、といった形で視聴者に近い地点から配信を行うと、遅延や輻輳リスクが低減し、品質が向上します。ただし、複数の地域で同じシステムを稼働させるので、運用管理やデータ整合性の確保が複雑化する点に留意が必要です。
規模が大きくなると、CDN費用やクラウドのインスタンス費用が莫大な金額に上ります。各社とも「最初はオンデマンド契約で気軽に始め、需要が増えてきたらリザーブドインスタンスを契約し単価を下げる」「トラフィックの多いリージョンでは一部をオンプレ運用や専用線に切り替える」といった施策を講じています。
また、マルチCDNを運用しながらCDN事業者同士の競合を活用し、より有利なレートを得る企業もあります。実際、海外では大手動画プラットフォームがAkamai・Fastly・Cloudflareなど複数のCDNを併用し、負荷分散はもちろんのこと、コスト交渉力向上を狙っている例も報告されています。こうした「ハイブリッド構成」「ベンダーロックイン回避」の取り組みは、大規模運用ならではの重要ポイントです。
ある程度の利用規模を超えると、既存の汎用ソフトウェアやクラウドマネージドサービスだけでは十分に対応できない要件が出てきます。例えば、
これらの機能を実装するために専門ベンダーのソリューションを導入するか、自社開発するかは、ROI(投資対効果)をしっかり見極める必要があります。大規模運用に移行するほど、ここでの技術投資が差別化要素やユーザー体験向上につながる可能性があります。
配信インフラが多岐にわたり、サーバー台数も増えると、従来の手作業運用では限界を迎えます。そこでDevOpsやSRE(Site Reliability Engineering)の導入が不可欠です。たとえば、Infrastructure as Code(IaC)ツール(Terraform、AWS CloudFormationなど)でインフラ構成管理を自動化し、CI/CDパイプライン上でテスト・デプロイを実施できるようにします。
さらにエラーバジェット(サービス稼働率に対する許容エラー範囲)を管理するSRE手法を取り入れ、目標稼働率を維持しつつ開発スピードを落とさない運用体制を築くことで、ビジネスの拡大と安定性を両立させます。
この規模では、もはや一つのデータセンターやクラウドに障害が発生してもサービスを継続できるように備える「冗長性の冗長化」が必要です。実際に、大手SNSや動画配信プラットフォームでは世界各地に複数のDCを分散配置し、同時にクラウド複数社を併用するマルチクラウド戦略を採っています。
さらに、災害時の復旧(DR:Disaster Recovery)計画を策定し、年に数回は演習を行う企業が増えています。AWSやAzureなどのクラウドベンダーもリージョン単位で大きな障害が起こり得るリスクを明示しており、これに対してどのように切り替えるかが勝負の分かれ目になります。たとえばデータの多重バックアップや、切り替え方法(フェイルオーバー)を自動化しておくなど具体的なプランを用意することが望まれます。
ここまでの内容をまとめると、ライブ配信インフラの設計・運用は以下のステップで段階的に進化させるのが理想です。
もちろん、事業分野やユーザー特性によって最適解は異なるため、常に「自社のサービス規模や成長度合いに合った投資・設計」を意識することが大切です。
ライブ配信インフラにかかる費用としては、サーバーコスト、帯域コスト、CDN費用、エンコードソフトウェアライセンス、エンジニア人件費など、多岐にわたります。ROIを算出するには、投資によって得られるユーザー増加や課金売上増(あるいは損失回避額)を見積もる必要があります。
クラウド費用は事業規模が拡大するにつれ跳ね上がる可能性があるため、長期視点での継続的なコスト試算も重要です。
クラウドベースのメリット(柔軟性・スケーラビリティ・初期費用の低減)は大きい一方、トラフィックが莫大になると自社ベアメタルサーバーの方が割安になるケースも存在します。実際、大規模事業者の中には**「主要リージョンには自社DCを持ちつつ、その他はクラウドを活用する」**というハイブリッドアプローチを取る企業も多いです。
この判断はビジネス規模、トラフィック特性、運用リソースなどを踏まえて行う必要があり、一概に「すべてクラウドが正解」でも「すべてオンプレが正解」でもありません。
国内では動画配信に関する法規制も少しずつ整備が進んでおり、たとえば著作権法や電気通信事業法、プライバシー保護などに関連する規制があります。海外へ配信する場合、国や地域によってコンテンツ規制が異なるため、それらへの法的対応も必要です。これらの要件がクラウドのリージョン選定や配信サーバー配置にも影響することがあるため、ビジネス上は法務部門と連携しながら計画を立てることが重要です。
ライブ配信というリアルタイム性の高いサービスには、高い安定性と十分な柔軟性が求められます。ビジネスを継続的に成長させるためには、テクノロジーと経営戦略を結びつけた「インフラ設計の全体最適」が欠かせません。
もし貴社サービスでライブ配信インフラに関する課題を抱えている、またはこれからライブ配信事業に乗り出したいとお考えであれば、お気軽にご相談ください。
監修者:竹内 望
大学・大学院でAIによる画像処理の研究やレーザー機器制御による物理メモリの研究を行った後、外資系大手ITコンサルティング会社に入社。現在はAIエンジニアとして、業界を問わず業務効率化のためのRPAシステムやAIによる業務代替システムの開発と導入を行っています。